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☆★☆ インタビュー ☆★☆

「共生農業システム叢書」編集代表 矢口芳生氏に尋ねる(後編)

 8月から「共生農業システム叢書」が刊行されています。現在、第1巻〜第4巻が刊行され、今後も引き続き、全11巻の完成をめざしてます。そこで全体の編集代表である矢口先生に、「共生農業システム」について、また現在、矢口先生も発起人のお一人として、設立準備を進めておられます「共生社会システム学会」について語っていただきました。

○ 「人と人」「人と自然」「人と文化」のコミュニケーション

  −共生農業システム
 問い:「共生農業システム」とはどういう意味でしょうか。第1巻に詳しく書かれていますが、かいつまんで説明していただけませんか。
 矢口:いままでの農業経済学の既成の概念、たとえば分解論という点からいいますと、「地主=悪い人、担い手=良い人」という単純な図式がありました。しかし農地改革から60年を経て、自作農も大きく変質し、大多数が零細土地所有勤労者化しています。その零細土地所有勤労者の子弟たちのなかには、自分たちの土地がどこにあるのかわからない人もでてきています。そしていざとなると所有権だけを主張する。そういう状態のもと、地域の資源管理上の問題もでてきています。そんななかでは、いままでの「地主=悪い人、担い手=良い人」という図式は成り立ちません。
 零細地片土地所有勤労者は二面的な性格をもっています。一面では地主的な性格と、同時に他面では、地域の住民という性格です。地主という側面からだけみて、あなたたちは悪い人というわけにはいきません。むしろ、零細地片土地所有を固定化したいまの現状では、農業の担い手だけでは地域の資源を管理することもできないし、守ることもできません。そこには両者の互酬性の規範というか、パートナーシップ、コラボレーションなしには、地域の農業も地域資源も守ることができません。そのわかりやすいキーワードとして共生という言葉を使用しました。農業はそもそも共生的な意味合いをもっているのですが、共生という言葉は、農業のもつ、あるいは農業の現状を反映した用語として、よりイメージしやすいネーミングではないかと思っています。そういうことで「共生農業システム」としました。
 いま述べたのは、「人と人とのコミュニケーション」「人と人の共生」の意味合いですが、農業は同時に「人と自然」、つまり人が自然に働きかけることによって成り立つ生業(なりわい)であり産業ですから、「人と自然とのコミュニケーション」「人と自然の共生」という意味合いももっています。同時にそこで暮らす人びとのありようというのは、ひとつの風土を形成するわけです。その風土は自然もあるし、社会的環境もあります。両方を指して風土といいいますが、形を変えてみますと文化といってもいいでしょう。そのできあがった文化との共生、つまり「人と文化とのコミュニケーション」「人と文化の共生」もあってはじめて、地域の共生の意味合いはより明確になります。単なる地主・担い手の関係という「人と人の関係」だけでなく、さらに二つの側面をもって農業・農村が成り立っているのです。この三つの関係が共生農業システムです。
 この三つのコミュニケーションなり、共生という意味合いは、農村だけではなく、都市生活者にとってもより必要な側面になっています。現在、成熟社会といわれていますが、成熟社会のコインの裏側は高ストレス社会です。高ストレス社会にとって必要な「うるおい」や「やすらぎ」を提供できるものの一つに、農の営み、農の要素があります。もっといえば、農の営みに代表される「人と自然」との関係を、都市生活者の生活のなかに取り入れるということも現代社会では重要な役割、ニーズになっていています。たとえば、市民農園、ガーデニングなど自然にかかわる、そして自らの労働をそこに投じるという行為をとおして、自らの「うるおい」や「やすらぎ」を得る、ストレスを解消するというニーズが非常に高まってきています。そういう意味からも、都市生活者の生活のなかに農の営み・その要素を意識的・自覚的に取り入れていくことが、現代社会では大事な状況になってきているのではないかと思います。

○ 国際的なKYOSEIをめざして

 問い:現在「共生社会システム学会」が立ち上がろうとしていますが、矢口先生もそのなかで深いかかわりをもって推進しておられます。学会のアウトライン、どういう学問フレームで、どういう目的をもっているのか、お聞きしたいと思います。
 矢口:共生農業システムというのは、単に農業にとどまることなく、都市と農村の共通した内容をもっています。その意味では、共生社会システムの農学といっていいでしょうし、農をとってもいいと思います。現代社会に必要な共生社会システム学という学問の領域があってもいいのではないか、というひとつの中間的な結論に至ったわけです。
 それは私の頭のなかだけではなく、3年間の編集での議論と、農工大学にそれを議論できる専攻があったのです。共生持続の社会システムをつくっていくことにとって、農の営み、農の要素、農的な暮らしは非常に重要なキー概念になってきているのではないか。21世紀のわれわれの生活のありようから考えると。それゆえこれは単に共生社会システムの農学ではなくて、共生社会システムの科学−学問だろう、ということで、さらに多くの人の議論が必要であると考えるようになりました。そこで農工大学の専攻の方々にも呼びかけ、またこの叢書の編集委員や執筆者にも呼びかけました。幸いにも多くの賛同を得ました。これが共生社会システム学会を立ち上げる要因の一つになりました。
 もう一つは、農工大学には「人間と社会研究会」という研究会がありまして、共生に関する問題を18年間という長い間追究してきたという歴史的経緯があります。ここ数年は市民にも広く開放して討論してきました。そのひとつの発展した形として、われわれが追究してきた共生なり、「人と人との関係」に関する学問の一定の知見を、現場の人たちとの交流のなかでその議論をさらに鍛え、現実に生活する人たちがその理論をもとに、よりよい実践のあり方を考え、自分のよりよい生活につながるような、いわば理論と実践の相互交流が図られる場が必要なのではないかと考えるに至りました。市民と学者の意見交流、学者は実際を見聞きして理論を鍛え、生活者は理論を背景に合理的な生活と実践を行う、その両者の相互交流の場が、この18年の農工大学の理論的蓄積をとおして必要になってきたし、必要性がかなり鮮明になってきました。ここ3年市民に開放したシンポジウムを開いてきて、ますますそのニーズが高いと判断しました。そういう意味で、農業経済学者はもちろん、人文社会科学者、自然科学者、さらに市民やNPOにかかわる方々にも広く声をかけ、共生社会システム学会を立ち上げることになったのです。
 この学問領域はおそらく日本でも世界でも初めての試みの学会だと思います。それゆえ学会名が、英文名をSymbiosis(共生)を使わず、「KYOSEI」を国内外に発信する用語として使うことに決定し、10月7日に立ち上げることになりました。

9月7日 於;東京農工大学