8月から「共生農業システム叢書」が刊行されています。現在、第1巻と第2巻が刊行され、今後も引き続き、全11巻の完成をめざしてます。そこで全体の編集代表である矢口先生に、「共生農業システム」について、また現在、矢口先生も発起人のお一人として、設立準備を進めておられます「共生社会システム学会」について語っていただきました。
○ 競争社会からの脱却へ
問い:矢口先生は長く農業経済学分野で活躍されてきたのですが、「共生」というテーマに関心をもたれたきっかけはどんなところにあったのでしょうか。
矢口:東京農工大学では共生持続社会学専攻が1999年に発足しました。農業経済学系と人文社会科学系(旧農工大教養)が1つになって専攻をつくったわけです。目指すべき共生持続型社会を人文社会科学的にどう解き明かしていくか、その際の人文社会科学的な総合的な視点を「共生」に定めました。現在の農業や農村、社会の問題を「共生」の視点からみていこうということで出発しました。これは、日本にもおそらく世界にもない専攻名だと思います。
現在、世の中が競争、競争といっている状況です。しかも、新古典派経済学を背景に、政治的にも保守主義に走るという状況のなかで、ますます競争が強調されてきています。しかし、はたして競争だけで、効率だけでいいのでしょうか。戦争でもないのに、日本では毎年3万5,000人もの自殺者がでています。その大きな原因のひとつに経済的な問題もありますし、人間的に追いつめられている状況があります。そうしたとき競争という視点だけで社会がみれるのか、つまり市場イズムというか市場原理主義だけで、今日の社会の状況を把握し、分析・解決できるのか。そうではないでしょう。人間のありようとか生き方というものをよく考えてみれば、競争というものもひとつの条件ではあるかもしれませんが、それはすべてではありません。基本はむしろ共にどうやって生きていくかということです。その意味で、共生という視点は大事な視点です。
○ 「共生」概念を農業に応用
問い:現在「共生農業システム叢書」が2巻刊行され、全11巻の完成に向けて鋭意執筆・編集作業が行われています。この叢書はどのような目的をもって始められたのでしょうか。
矢口:専攻が立ち上がり、共生の視点を徐々に作り上げてきたなかで、農業の分野でも同じような視点から捉えたらどうなのかと考えたのです。1980年代半ばくらいまでは、農民層分解というか、優勝劣敗という状況のなかで、担い手がどう育っていくかということが中心的な議題でした。しかし、80年代半ばにウルグアイラウンドが始まり、国際競争の時代となったとき、また、日本の農業そのものが立ちゆくのかどうかが問われているとき、同じように分解論の立場で優勝劣敗という視点でみていくということができるのでしょうか。世界的にもわが国の農業の存立可能性があるのかといったとき、やはり難しいでしょう。そうすると世界的にも同じように共生という枠組みがいえるのではないでしょうか。
このように日本の社会状況からみても、世界との関係からみても、日本の農業にとって、同じように共生という視点で分析し把握することが大事です。競争という視点ではありません。
共生というものに着眼したのはそういう理由からですが、同時に共生という視点からもう一度農業を全面的に見直してみようと考えました。しかし、あまりにも課題が壮大であり、未知数であり、着地点もなかなかみえないというなかで、私一人がそれを追究しても限界があります。しかしこの視点は、おそらく他の人にとっても同じような視点になりうるのではないか、ならば、農業経済を考えている多くの人や農村の現場をみている人たちにとっても、おそらく共感できるところがあるのではないかと思いました。そこで全国の大学の先生方に声をかけたところ、現在の編集委員7人(矢口以外、磯田宏、小田切徳美、坂下明彦、柘植徳雄、長濱健一郎、平野信之)の賛同を得ました。そこで2003年6月25日に編集委員会を立ち上げ、出発することになりました。
ただ共生という概念がまだ未知数であり、確定したものがなく、いろいろなところでいろいろな形で使われていて、定義もはっきりしないという状況です。そこで各巻の内容も、編集委員あるいは各巻の責任者がそれぞれ責任をもって、自らが考える共生とは何かを絶えず念頭において、農業・農村・食料問題を考えていこう、ということで編集方針を決めて、出発しました。3年という期間が長かったか短かったかはわかりませんが、それぞれの編集委員あるいは各巻の責任者が現段階での納得したところで、共生というものを踏まえた巻を作っていくということになりました。
(次号・後編へ続く)