注目ぼん(本)・監修者(著者)に聞く



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☆★☆ インタビュー ☆★☆

『フードシステム学全集』監修者 高橋正郎先生に聞く(後編) 

   『フードシステム学全集』(以下『全集』)の刊行1年目を迎えました。そこで改めて、監修者の高橋正郎先生に、刊行の背景、『全集』の特徴やポイント、今後のフードシステム学などについてお尋ねしました。

○ 『全集』以後の課題

 問 :『全集』は全8巻で完結したわけですが、今の時点でさらに付け加えたいとすれば、どんなことがありますか。
高橋:一応網羅していますが、刊行の途中でBSEを契機に発生した食の安全をめぐる論点を、フードシステム全体として取り上げ、独立した巻としてまとめたいですね。原料段階、原料を導入する段階、さらに製造、貯蔵、流通、消費に至るすべての過程、つまりHACCPの各段階の食の安全性のチェックになるようなものを、1つの本にすることです。これは実際に現場の人たちは非常に苦労していますので、非常に重要なヒントになるのではないでしょうか。
 もう1つは、日本農業をフードシステムから再構築するというようなテーマです。日本農業がこのような再起不能の状況になって、今度の平成農政改革でもいろいろ考えているようですが、あまりいい展望がみえてこない。これをフードシステムからみて再構築していこうということです。最近話題を呼んでいるフードマイレージは、まだ『全集』のなかで定位置をもっていませんでした。輸入食品と地産地消の食品を比べると、炭酸ガスの排出量がどれだけ違うかという発想を、環境問題も絡めた形で日本農業を見直していく。原料生産者だけでなく、加工業者もそれを認知していくといったことが、新しい課題として出てきているのではないでしょうか。
 さらに、食品ロスも最近非常に重要な問題です。消費者の問題でもあり、流通業者の問題でもあり、製造業者の問題でもあるわけです。
 安全性の問題、環境問題、日本農業の原点といった問題が、現在残された課題ではないでしょうか。


○ フードシステムから日本農業の再構築

 問 :高橋先生は現在、地域農業経営戦略、地域農業振興のお仕事もされています。地域農業を浮上させるためにも、フードシステムの考え方を盛り込んでおられるのですか。
高橋:現在、茨城県のある合併市の農業振興計画を立てるように依頼されています。現在かなりしっかりした農業を行っている地域ですが、私たちが考えようとしているのは、少なくとも15年先、20年先の、いってみれば次の世代ではいったいどうなるのか、それを見通して、現在手を打つ必要があるだろうということです。センサスの過去の農家戸数、耕地面積、基幹的農業者数からすう勢をみていきますと、20年先は惨憺たるものなのです。これをどうするかと考えたとき、方向性はやはり農場制農業だろうと思います。現在15haを経営している農家の人の話を聞きますと、枚数で200枚くらいに分散しています。これを1ヵ所10haの単位の農場ができないか、それをシステムとしてやっていけないかということが方向性の1つと考えられます。
 もう1つは流通の多様化です。例えば、大豆の交付金制度が変わります。農協あるいは全国主食集荷協同組合連合会(全集連)を通じなければ交付金をもらえなかったのが、そうではなくなるという、システムの行政的変化があるわけです。いままで制度の面からフードシステムが分断されていた、消費者や実需者と生産者が直結するということが、これまで制度的にできなかったのですが、これが直結できるようになったということです。大豆の場合でも、自分で生産して、まとめて申請すれば、直接契約栽培で販売しても交付金の対象になる。ですから、食と農の距離の短縮、ユーザーと生産者とのつながりが制度的に可能になってきた。フードシステムの中間領域をできるだけ短くすることができるようになってきたといえます。
 さらにトレーサビリティがいろいろな場面で利用されています。法律では国産牛肉が制度化されていますが、ほとんどの作物でトレーサビリティが問題になってきます。トレーサビリティもフードシステムという観点からみますと、食と農の離れた距離を情報で縮めようとするものです。そういう意味で、今後の農村振興でもフードシステムという考え方がなければ対応できないだろうと思っています。
 さきほどの委託研究の茨城県の合併4ヵ市町は、それぞれ米の主産地、ナシの主産地、小玉スイカの主産地でした。ナシの主産地は衰退しています。米の主産地は米価の問題もあり、2〜3割減少していますが、なかには4割上がっているところがある。そこはかつては小玉スイカの産地でしたが、今はいろいろな園芸作物を多様に展開しているわけです。経営戦略として多角化戦略が、地域として展開していて、小玉スイカは落ちていますが、フルーツトマトなど他の園芸品目が伸びるといったように、柔軟性がある。地域としてのマネジメント、経営戦略をフードシステムの考え方で展開していくことによって、補強していけるのではと思っています。

○ 今後は誰が食の栄養バランスを考えるのか

 高橋:米の問題については、WTOでどうなるかということと関係しますね。今度の品目横断的政策は、いずれ米の関税引き下げはせざるをえない、米もいずれは麦と同じような形で対応せざるをえないだろう考えて作成されたものであると思いますし、将来は、米もその政策のなかに入ってくるだろうと思っています。
 米の問題で言いますと、やはり自給率が落ちたのは、米の消費がこれだけ減ってきたことですね。食生活を変えていく必要がある。そこで食育の問題ですね。企業でも食育に対応しています。あるコンビニエンスストアでは各食品に色を分けて栄養表示して、3種類の色のものを食べましょうと呼びかけ、一定の成果が上がっているということです。
 フードシステム学会のシンポジウムのなかで、高度経済成長までは各家庭の主婦が栄養バランスを考えて家族の健康を管理していた。しかしもうこれだけ食と農が離れてしまって、外部化してしまった段階では、誰が食のバランスを考え健康を管理するのかといったとき、一人一人が考えるというのは当然なのですが、それが考えられない世代の人たちに、誰が代わって考えるかは、やはり売り手にも一定の責任があるのではないだろうかと、議論したことがあります。これをこれからどういう形で定着させていくか、さきのコンビニエンスストアの試みもその1つですが、まだまだ課題はたくさん残っていますので、バトンタッチした若手に大いに期待したいところです。

○ 政策に反映され始めたフードシステム的視点
 
 問 :『全集』刊行途中、BSE問題が発生し、「BSE問題に関する調査検討委員会」の委員長として、ご苦労されたと思われますが、そのなかで説明したり、意見聴取したり、陳述したりされたとき、フードシステムという言葉は当時はなかなか理解されなかったのではないですか?
 高橋:そうですね。当時の農林水産省は生産者サイドだけに立っていました。それぞれの食品がどういうプロセスを経て最終製品になるのかということについては、関心がなかった、消費者の立場に立つ意識がなかったところに、BSEが起きたわけです。この生産者サイドの行政は農商務省時代から100年の伝統のなかで培われたことで、そう簡単には直らないと思いますが。しかしBSEをきっかけに、農林水産省は「消費者に軸足をおいた農政に転換する」と宣言しました。
 フードシステム観点から重要視すべき改革は、その数年前麦の民間流通を導入した麦をめぐる制度改革です。それまで国の制度がフードシステムを分断していたわけです。生産者と消費者を分断して、その間に国が介在して制度的に直結できていなかった。それを民間流通になって麦のフードシステムが完結され、生産者と実需者をつなげ、相互に情報が入るようになっていった。このようなフードシステムという考えを行政の立場で主張することは、それまでは政策理念と違っていて主張しにくかったわけですが、最近、これがだんだん当たり前になってきたことは喜ばしいことです。
 具体例をいうと、近年、野菜や野菜加工品など業務用需要が増えてきました。しかし、生産者はもちろん行政もその業務用需要にほとんど関心を示さなかった。JAも関心がなかった。そこで業務用需要の野菜や農産物は、海外にシフトするのが当たり前だったのです。我々は、10数年前からフードシステム観点に立って、その重要性を主張してきた。それがようやく、最近は農林水産省もJAも業務用需要に関心を向けています。具体的にどう展開しているかよくわかりませんが、少なくとも運動方針のなかに入ってきたということは、時代がそうさせたのでしょうが、我々の提言がそれなりに反映されているのだろうと考えています。
                                 (2006年7月6日 於:学士会館)