マコの勝手に思い入れ情報

著者の意向とは関係なく、本の主題とも大きく外れますが、勝手に面白いと思う情報を取り上げるコーナーです。



<<<   2006.11   >>>


☆★☆ ドイツの農村景観とヘッセ ☆★☆ 

 今回は岸康彦(日本農業研究所理事・研究員)編『世界の直接支払制度』です。
 21世紀に入ったあたりから、世界各国の農政の方向性は大きく転換しているっていわれていますよね。つまり、WTO体制に合わせるため、各国がとった対策は、@農業保護の手法が、価格支持型(消費者負担型)から直接支払型(納税者負担型)へ移行したことと、A環境への配慮(環境保全と農業の多面的機能の重視)。
 だけど、各国がどんな対策をとっているかは、専門家でもないとよくわかりませんよね。この本は、そういう意味でとっても便利なんですよ。EU全体、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、韓国、日本の直接支払制度の仕組みと特徴をわかりやすく説明していて、各国間の制度と政策を比較できるんです。また、各国のトッピクスもあるので、関心のある人は読んでね。
 そのなかからドイツを取り上げたい。ドイツに行ったことはないんだけど。今年はサッカーのワールドカップもドイツで開催されて、スタジアムだけでなく、ドイツの映像がテレビでたくさん映し出されましたよね(とくに合宿地のボンなど)。だから勝手に知っているような気になっているのですが、ドイツの農村は本当にきれいですね。こうした農村の美しさは一朝一夕にできあがったものではなく、お金をかけ、労力をかけて、知恵を出し合って、保存していった努力の賜物だそうなんです。
 この本のなかでドイツ・バイエルンの項を担当した松田裕子さん(日本農業研究所研究員)によりますと、ドイツでは、零細農地と林地からなる複合空間が最も評価されているそうです。バイエルン地方は小さな農家の家族経営が中心で、圃場が零細なため、ほおっておくと(=市場経済に任せたままだと)、豊富な景観構成要素(美学上の多様性、自然の均衡、生物多様性、ビオトープ)を失い、単調な景観(大区画化された単一作物栽培)になるか、あるいは農業が後退して再森林化してしまうそうです。そこで生産性の向上を放棄して、現状の景観を守ることを補償するため、1haあたり400ユーロ(約5万8,600円)が環境支払いが用意されているんですって。
 ところで、ドイツというと、と話しはいきなり変わります。さっきのサッカー関連でいうと、ドイツのブンデス・リーガ。バイエルン、ブレーメン、シュツットガルト、ドルトムント、ハンブルガー、ハノーバー、マインツ、ニュルンベルク、ケルン、フランクフルト・・・と並べると、なんだかグリム童話の世界に誘われ、試合を見ているより、どんな街なんだろうって想像たくましくなっちゃいます(ただし、わが家のサッカーマニアにつきあって見ているだけで、彼がクローゼ、ロイ・マカーイ、バラック、クリモヴィッチ、ファン・デル・ファールトなんて言っても、私には名前と顔は一致しない。)。
 またこれらの街は、先日亡くなった阿部謹也さんのワールドでもありますよね。阿部さんの『ハーメルンの笛吹き男』『中世を旅する人びと』『中世の窓から』『中世の星の下で』『中世賎民の宇宙 』などの中世ドイツの本は、私のお気に入り。でも今回は阿部さんの話しではないよ。いつか機会があったらね。
話しはヘルマン・ヘッセのこと。農村景観との絡みでね。
 ヘッセ(1877−1962)については、『車輪の下』が有名で、夏休みの読書感想文の推薦図書の定番になっているので、読んだ人も多いのでは。これは40年以上の昔から続いているので(もっと長いかもして知れないがよくわからない)、ある意味すごいことだよね。
 ヘッセの作品には、美しいドイツの農村風景が至るところで現れています。ヘッセの故郷は、南ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)地方にある小さな村カルフ(後にヘッセはカルフを「世界で一番美しい町」と称えたそうで、作品にも故郷を彷彿させる場所があちこちの作品に登場しますね)。後に非戦主義者であったヘッセは戦争(第1次,2次大戦)に走るドイツと決別して、スイスに移住しますが、ドイツの農村風景はずーっと彼とともにあったかのようです。
 ヘッセは、庭仕事や畑仕事をしながら作品を書いていたそうなんです。だから『庭仕事の愉しみ』(草思社 ISBN 4-7942-0704-2 )という本もあるんですって(ガーデニングブームで、没後30数年たった1996年に改めて発売されたらしいです。私は読んでないのですが)。
ヘッセは画家としても、数千点にのぼる水彩画をも残しています。ヘッセの絵は写真でしか見たことがないんだけど、花や草、村が素朴なタッチで描かれていて親しみやすく、空の青さと木々の緑が透明感があって、いかにもヘッセの絵らしいなと感じます。
ヘッセの作品のなかでお勧めなのが『クヌルプ』(新潮社ISBE4-10-200105-0)。遍歴職人クヌルプの人生を描いたもの(遍歴職人とは、お上から交付される旅行免状を懐に納め、各地の親方の職人部屋に泊まり歩き、腕を磨く職人。先ほどの阿部謹也さんの世界によく登場します。)。
 職人として腕を磨くことなど念頭にないクヌルプは、農民に話しを聞かせ、子どもたちに影絵を見せ、娘たちに歌を聞かせ、漂泊の人生を謳歌しています。時を経て病に冒されたとき、ひたすら思ったことは故郷に帰ること。故郷にたどりついたクルヌプは、雪のなかで倒れ、昏睡のなかで神と対話して、自分の人生を振り返る。それは、肯定だったのか否定だったのかは、ヒミツ。自分で読んでね。限りなく美しいシーンです。『車輪の下』がおもしろいと思わなかった人(私もそうだから)も、『クヌルプ』には感動するかも。
 

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